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2024/05/17 (Fri)
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2012/01/26 (Thu)
「AMEPの遠足」
Comments(0) | TrackBack() | AMEP
平日の夜ですがAMEPの遠足Excursionがありました。

仕事が終わった後、サーキュラーキーに集合。
7時半からの散歩でしたが、まだ陽もありいいツアー?!でした。
わたしにとっては。

うちのクラスは大体平均して10人ぐらいはいつもいるんですが、
月曜日の旧正月と遠足という内容もあってかこの日の参加者は私だけ。
他のクラスからは参加者が結構いたので、
それなりに団体ではあったのですが、うちの先生の凹みはすごいものでした。
(次の夜の授業で、なんで来なかったの!を連呼してました。)

それはいいとして、
ロックス周辺は何度となく行っていましたが改めて話を聞くと、知らなかった事だらけで、植物や銅像など見落としていたことに気づきました。

例えば、サーキュキーの駅周辺の高架下(Pitt St辺り)に円形の地図があります。実はここは1788年の今日1月26日にイギリスからの船団が上陸し旗を立てた場所だそうです。その地図には昔の海岸線が載っていて、いまのサーキュラキーは埋め立てで整形されたのがわかります。

またサーキュラキー左側(ハーバーブリッジ側)に太古のマツが植えられています。この木はオーストラリアのある土地で発見された氷河期を生き残った貴重な植物らしいです。

そしてその背後に立っている人。
ウィリアム・ブライという人で2代目の総督だそうです。彼に纏わる話はあまりいいものでは有りませんでしたが、クイーンズランド州の首相アンナ・ブライは彼の子孫だそうです。

ロックスは富裕層ではない人たちの住居があった場所だそうで、いい土地は軍人や富裕層が独占していたので労働者階級はここに居を構えるしかなかったようです。ロックスはその名の通り岩場。砂質の岩だったためいくらか削り安かったかもしれませんが、岩をよく見るとつるはしなどで削った後がわかります。

そして今ではレストランやカフェが並ぶ通りの後ろに、実はその当時の住居跡があったんですね。住居跡なので土台しか残っていませんが、日本のビジネスホテルの部屋ぐらいの家で過ごしていたことがわかります。トイレも残ってました。



歴史的な雰囲気のある場所ぐらいにしか思っていなかったロックス地区ですが、この遠足ですごくオーストラリアの歴史を身近に感じることができました。

昨日はオーストラリアの日も関係して、お茶会。
雨だったので生徒数は全部で20人もいませんでしたが、お菓子など食べ終わりました。また強制的に踊ったり、歌ったりしました。

ちなみにその時習った曲がこれです。


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