「帰国して直ぐに。。。」
4週間という長い日本出張が終わり帰国(オーストラリアに)しました。赤ちゃんは私の帰りを待っていてくれて、まだ母体の中で「早く出たい」といっているかのように元気に動いています。
日に日に気温が上がっていたとはいえ10度前後の日本から帰ってきて、到着早々、30℃の猛暑。身重の妻に運転させる訳にはいかないと思い、電車の乗り継ぎで戻って来ましたが、エスカレーターが動かないとか、週末のため電車がメンテナンス中で途中でバスに乗り換えさせられたりと、疲労が増しました。
しばらくぶりに見た庭はかなり草の丈が高く、早速芝刈り。さらに近所のお子さんの1歳の誕生日でお祝いにと、気がつくと月曜日になっていました。
数週間の日本生活でまだ時差ボケ(朝起きるのが辛い)がありますが、早くあわせていかないと。あと数週間後には外に出てくる赤ちゃん。ちゃんとしっかりとした父親になれるかどうか心配ですが、母体とも無事にでてきてくれることを願っています。
さて仕事、仕事。
4週間という長い日本出張が終わり帰国(オーストラリアに)しました。赤ちゃんは私の帰りを待っていてくれて、まだ母体の中で「早く出たい」といっているかのように元気に動いています。
日に日に気温が上がっていたとはいえ10度前後の日本から帰ってきて、到着早々、30℃の猛暑。身重の妻に運転させる訳にはいかないと思い、電車の乗り継ぎで戻って来ましたが、エスカレーターが動かないとか、週末のため電車がメンテナンス中で途中でバスに乗り換えさせられたりと、疲労が増しました。
しばらくぶりに見た庭はかなり草の丈が高く、早速芝刈り。さらに近所のお子さんの1歳の誕生日でお祝いにと、気がつくと月曜日になっていました。
数週間の日本生活でまだ時差ボケ(朝起きるのが辛い)がありますが、早くあわせていかないと。あと数週間後には外に出てくる赤ちゃん。ちゃんとしっかりとした父親になれるかどうか心配ですが、母体とも無事にでてきてくれることを願っています。
さて仕事、仕事。
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「最近のこと」
愛犬がいって2週間になろうしてます。
無気力まではいきませんでしたが、ブログや個人的なメールの送信はどこか遠ざけていました。理由はよくわかりませんが、やはり無気力だったのかもしれません。
先週末、彼のお別れ式をやりました。花束や彼の遺灰、写真またたくさんのドックフードを用意して、メッセージを読み上げました。それから1週間、どうにか落ち着いてきたので彼の家を解体し、彼の遊び道具も整理しました。
私は小学生の頃にハムスターを飼ったぐらいの経験しかなく、ここまで犬の死に寂しさを感じるとは想像していませんでした。ただ生き物を大事にするという行為だけでなく、私の想像以上に彼と心を通わせていたのかもしれません。とにかく彼の行ったあとはいろいろと考えさせられました。
ただ、止まってばかりもいられないので(ビザの書類もまだですし。)、気持ちを前向きに変えていこうとしています。
最近あった出来事としては、出産前のペアレンツクラスがはじまり、出産時の陣痛について話を聞きました。どう痛みをとるのか?ここでは痛みは段階をおってくることや、痛みを紛らわすためのいくつかの方法を教わりました。体操だったり、会話だったり、シャワーを浴びたりなどなど。
明日は上司の誘いでクリケットの試合を観戦する予定です。
まだまだ暑い夏。もっと楽しまなくては!
愛犬がいって2週間になろうしてます。
無気力まではいきませんでしたが、ブログや個人的なメールの送信はどこか遠ざけていました。理由はよくわかりませんが、やはり無気力だったのかもしれません。
先週末、彼のお別れ式をやりました。花束や彼の遺灰、写真またたくさんのドックフードを用意して、メッセージを読み上げました。それから1週間、どうにか落ち着いてきたので彼の家を解体し、彼の遊び道具も整理しました。
私は小学生の頃にハムスターを飼ったぐらいの経験しかなく、ここまで犬の死に寂しさを感じるとは想像していませんでした。ただ生き物を大事にするという行為だけでなく、私の想像以上に彼と心を通わせていたのかもしれません。とにかく彼の行ったあとはいろいろと考えさせられました。
ただ、止まってばかりもいられないので(ビザの書類もまだですし。)、気持ちを前向きに変えていこうとしています。
最近あった出来事としては、出産前のペアレンツクラスがはじまり、出産時の陣痛について話を聞きました。どう痛みをとるのか?ここでは痛みは段階をおってくることや、痛みを紛らわすためのいくつかの方法を教わりました。体操だったり、会話だったり、シャワーを浴びたりなどなど。
明日は上司の誘いでクリケットの試合を観戦する予定です。
まだまだ暑い夏。もっと楽しまなくては!
「ありがとう」
今年のテーマはスマイルということでスタートしましたが、早速それを覆す出来事が起こりました。
愛犬が逝きました。
彼とは2009年に交際を開始した頃からの付き合いなので、私にとっては4年です。その間にはよく犬の映画で起こるようないろんなことが起こりました。外に干していたものはイタズラの対象になったり、ガレージのものがくわえてきては破壊するなど。深夜に(理由があってですが)吠え始めると近所迷惑になるので、起きてはなだめることも何度もありました。
こちらがそう思っているだけかもしれませんが、とても心優しい子で、臆病で、それでいて家を守ろうと必死に威嚇したり、子供の声が苦手とか。。。。本当に楽しいやつでした。
前日は暑かったので体を洗ってやり、7時頃には夕飯をあげたときは普通に見えたのに。
今朝、義母が朝食をあげようとドアを開けると、なにもいわずそのままガレージの中に入ってきてしゃがんだそうです。義母はあまり彼がガレージに入るのを快く思わないのですが、その時はなにか違うと思ったようで、7時半でしたがまだ寝ていた私達を起こし、彼を見るようにといってきました。
私がすぐにいくとかれは顔も床につけてぐったり。これはおかしいと思い、ミルクを与えてみましたが、それも飲みませんでした。妻にも伝え、すぐに近くの動物病院へ連れて行くことにしました。
彼女が彼を飼い始めてから一度も大病がないほどの強い犬だったので、こんなになるのは初めてだったので心配でした。
8時半、緊急で開けてもらい診察をしてもらいました。受付の人は採血や心拍などん基本診断をしてくれましたが、ことが深刻だと思ったのか、経験のある人に連絡し来てもらいました。X線撮影をし、腸がひっくり返っていることを確認。口に管を入れて、胃から出るものをだしましたが、出てくるのは水だけ。毛をシェーブしたあと、パンパンに膨れたお腹に針を指しガス抜き。しかし、もっと設備の良い病院へ行ったほうがいいという支持に従い、彼を車に再度のせて移動しました。
ホームブッシュのその病院に着いたのはすでに11時頃
ローカルの病院の連絡で緊急で見てもらいましたが極端なことを言えば二つの選択肢を言われました。
1. 手術をする しかし数日以内に亡くなる可能性もある
2. 安楽死
地元の病院でも同じ様なことをすでにいわれていたので、ここにすがる気持ちできましたが同じ事を言われさすがにショックでした。また手術費などの数字も言われ、それらを考慮して判断したほうがいいと言われました。
彼と9年以上も過ごしてきたうちの奥さんは表現できないほど泣き崩れました。二人で少しの間話をし、それでもまだ可能性があるのであればと手術をお願いしました。
診察室に通され、足のあちこちにケーブルや管を刺され、口には酸素マスクがつけられた彼を見ました。目はまだあけていましたが、だいぶ疲れているようでした。そして手術前に彼と挨拶をして部屋を出ました。
これが彼が生きている最後の挨拶になりました。
「いっしょに帰ろうな」
14時
病院から電話があり、彼が逝ったこと、死因、どういう処置をしたのかなどをお医者さんは話してくれましたが、ほとんど頭に入りませんでした。
14時半に再び病院に行き、彼と会いました。
奥さんは中国の慣習からか見るのを控えるようにと義母に言われたので、会いたいと言っていましたが私がひとりでみました。お腹には縫ったあとがありましたが、顔は寝ているようにしか見えません。耳はぴんと立っていて、ジャーマンシェパードの凛々しい風格もありました。でも触っても当然動かなく、目も開けてくれませんでした。よく振っていた尻尾はベッドの外に垂れていて、足の裏はいっぱい歩いたよと言っているかのような硬さが印象的でした。
お医者さんからまた話を聞き、彼が手術を開始した直後にショック死(心臓麻痺)でなくなったことを聞きました。すでに腸捻転で付近の組織が死んでいたので、仮に手術が成功していても付近のバクテリアなどですぐにだめになっていただろうとも。
彼は臆病であまり屋外で他の犬達とかと遊ぶことができませんでした。家の裏庭を駆け回っていた彼。僕らが部屋を出ていったあとに魂だけついてきちゃったのかもしれません。
16時
彼を火葬して灰にしてくれるように頼みました。日本で言う骨壷に当たる箱を受付で選んで病院をあとにしました。
いまはいろんな思いが巡っています。
後悔ばかりでしょうか。
どんな死でもそうなのかもしれませんが、もっとなにかをしてあげたかったという思いがでてくるのが本当に悔しいです。おそらく昨夜なにかがおこってすごくもがいたんだと思います。庭の彼のフンはあちこちに飛び散っていて、積んでいたレンガも落ちていました。苦しんで苦しんで朝を迎えて私達に必死に訴えたんだと思います。「くるしいよ」って。
いなくなってまだ半日も経っていませんが、これから色々整理していこうと思います。うちの奥さんが心配です。スマイルでいるのはとてもつらい今日でした。
名前:Oscar
犬種:ジャーマンシェパード
誕生日:23JUL2003
死ぬ直前の体重:33kg
死因:腸捻転から付近の組織が壊死、直接の死因は心臓麻痺
2013年1月6日(日) 13時20分 永眠
いまはまだ、うちのまわりをうろついているかもしれない彼の魂にこう伝えました。
「いままで家を守ってくれて、ありがとう。今度は子供を守ってね。
本当にありがとうOscar」
今年のテーマはスマイルということでスタートしましたが、早速それを覆す出来事が起こりました。
愛犬が逝きました。
彼とは2009年に交際を開始した頃からの付き合いなので、私にとっては4年です。その間にはよく犬の映画で起こるようないろんなことが起こりました。外に干していたものはイタズラの対象になったり、ガレージのものがくわえてきては破壊するなど。深夜に(理由があってですが)吠え始めると近所迷惑になるので、起きてはなだめることも何度もありました。
こちらがそう思っているだけかもしれませんが、とても心優しい子で、臆病で、それでいて家を守ろうと必死に威嚇したり、子供の声が苦手とか。。。。本当に楽しいやつでした。
前日は暑かったので体を洗ってやり、7時頃には夕飯をあげたときは普通に見えたのに。
今朝、義母が朝食をあげようとドアを開けると、なにもいわずそのままガレージの中に入ってきてしゃがんだそうです。義母はあまり彼がガレージに入るのを快く思わないのですが、その時はなにか違うと思ったようで、7時半でしたがまだ寝ていた私達を起こし、彼を見るようにといってきました。
私がすぐにいくとかれは顔も床につけてぐったり。これはおかしいと思い、ミルクを与えてみましたが、それも飲みませんでした。妻にも伝え、すぐに近くの動物病院へ連れて行くことにしました。
彼女が彼を飼い始めてから一度も大病がないほどの強い犬だったので、こんなになるのは初めてだったので心配でした。
8時半、緊急で開けてもらい診察をしてもらいました。受付の人は採血や心拍などん基本診断をしてくれましたが、ことが深刻だと思ったのか、経験のある人に連絡し来てもらいました。X線撮影をし、腸がひっくり返っていることを確認。口に管を入れて、胃から出るものをだしましたが、出てくるのは水だけ。毛をシェーブしたあと、パンパンに膨れたお腹に針を指しガス抜き。しかし、もっと設備の良い病院へ行ったほうがいいという支持に従い、彼を車に再度のせて移動しました。
ホームブッシュのその病院に着いたのはすでに11時頃
ローカルの病院の連絡で緊急で見てもらいましたが極端なことを言えば二つの選択肢を言われました。
1. 手術をする しかし数日以内に亡くなる可能性もある
2. 安楽死
地元の病院でも同じ様なことをすでにいわれていたので、ここにすがる気持ちできましたが同じ事を言われさすがにショックでした。また手術費などの数字も言われ、それらを考慮して判断したほうがいいと言われました。
彼と9年以上も過ごしてきたうちの奥さんは表現できないほど泣き崩れました。二人で少しの間話をし、それでもまだ可能性があるのであればと手術をお願いしました。
診察室に通され、足のあちこちにケーブルや管を刺され、口には酸素マスクがつけられた彼を見ました。目はまだあけていましたが、だいぶ疲れているようでした。そして手術前に彼と挨拶をして部屋を出ました。
これが彼が生きている最後の挨拶になりました。
「いっしょに帰ろうな」
14時
病院から電話があり、彼が逝ったこと、死因、どういう処置をしたのかなどをお医者さんは話してくれましたが、ほとんど頭に入りませんでした。
14時半に再び病院に行き、彼と会いました。
奥さんは中国の慣習からか見るのを控えるようにと義母に言われたので、会いたいと言っていましたが私がひとりでみました。お腹には縫ったあとがありましたが、顔は寝ているようにしか見えません。耳はぴんと立っていて、ジャーマンシェパードの凛々しい風格もありました。でも触っても当然動かなく、目も開けてくれませんでした。よく振っていた尻尾はベッドの外に垂れていて、足の裏はいっぱい歩いたよと言っているかのような硬さが印象的でした。
お医者さんからまた話を聞き、彼が手術を開始した直後にショック死(心臓麻痺)でなくなったことを聞きました。すでに腸捻転で付近の組織が死んでいたので、仮に手術が成功していても付近のバクテリアなどですぐにだめになっていただろうとも。
彼は臆病であまり屋外で他の犬達とかと遊ぶことができませんでした。家の裏庭を駆け回っていた彼。僕らが部屋を出ていったあとに魂だけついてきちゃったのかもしれません。
16時
彼を火葬して灰にしてくれるように頼みました。日本で言う骨壷に当たる箱を受付で選んで病院をあとにしました。
いまはいろんな思いが巡っています。
後悔ばかりでしょうか。
どんな死でもそうなのかもしれませんが、もっとなにかをしてあげたかったという思いがでてくるのが本当に悔しいです。おそらく昨夜なにかがおこってすごくもがいたんだと思います。庭の彼のフンはあちこちに飛び散っていて、積んでいたレンガも落ちていました。苦しんで苦しんで朝を迎えて私達に必死に訴えたんだと思います。「くるしいよ」って。
いなくなってまだ半日も経っていませんが、これから色々整理していこうと思います。うちの奥さんが心配です。スマイルでいるのはとてもつらい今日でした。
名前:Oscar
犬種:ジャーマンシェパード
誕生日:23JUL2003
死ぬ直前の体重:33kg
死因:腸捻転から付近の組織が壊死、直接の死因は心臓麻痺
2013年1月6日(日) 13時20分 永眠
いまはまだ、うちのまわりをうろついているかもしれない彼の魂にこう伝えました。
「いままで家を守ってくれて、ありがとう。今度は子供を守ってね。
本当にありがとうOscar」
「2013年書き始め」
2013年 新年あけましておめでとうございます。
昨年は公私共にいろいろなイベントがあり、今年は更なる成長を果たさないといけないと思っています。特に今年は子供の誕生もあるので体験したことのないイベントが盛りだくさんのような気がします。(^^)
最近、ちょっと自分なりに意識を変えて社交性をあげているところです。
友人の会社のクリスマスパーティーに参加してみたり(無料の飲み食いを堪能)、近所のご夫婦とピクニックに行ったり、AMEPのクラスメートと食事をしてみたり、また疎遠だった奥さんの友人と食事をしたりと、いろいろな人と会ったり会話することで例えば育児の話や補助金やら税金などの情報を聞くことができ、またお互いの親交を深めたりできました。できるだけ家族以外の人と英語で会話することも自分の英語力アップに繋がりますしね。
営業職で人と会うようになってからは、”私”としての社交する機会はすごく少なくなりました。特にマレーシアにいた頃は週末は接待ゴルフばかりだったので、仕事以外の人と会うことがほとんどありませんでした。仕事関係の付き合いだと、その人がどんなに良い人で気も合っても、どこか営利を計算してしまいます。それがお客さんだと悪い印象を与えないようにと気を使うので、個人としての社交性とはどこか違いますね。ただ個人として人とあっても結局は仕事の話につながっていくんですが。(笑)
日本の方とは、私が住んでいるところや職場もそれほど都市部ではないのでほとんど交流がありませんが、AMEPで知り合った方が今のところ唯一の日本人の知り合いです。またacoさんが今年シドニーに来られるようなので二人目?!の知り合いになれるといいのですが。(^^) あと最近、私が住んでいるエリアで日本人の方の育児サークルがあることを知ったのでコンタクトを取ったところです。まだお返事は頂いておりませんが、子供が大きくなったらぜひ参加させていただけたらと思っています。
今年は仕事でも新しい市場開拓をするのでそれなりにプレッシャーもあるかと思いますが、今年の個人テーマ「笑顔」を絶やさない一年にしたいです!
(^v^)
みなさんにとっても、笑顔でいられる一年になりますように!
2013年 新年あけましておめでとうございます。
昨年は公私共にいろいろなイベントがあり、今年は更なる成長を果たさないといけないと思っています。特に今年は子供の誕生もあるので体験したことのないイベントが盛りだくさんのような気がします。(^^)
最近、ちょっと自分なりに意識を変えて社交性をあげているところです。
友人の会社のクリスマスパーティーに参加してみたり(無料の飲み食いを堪能)、近所のご夫婦とピクニックに行ったり、AMEPのクラスメートと食事をしてみたり、また疎遠だった奥さんの友人と食事をしたりと、いろいろな人と会ったり会話することで例えば育児の話や補助金やら税金などの情報を聞くことができ、またお互いの親交を深めたりできました。できるだけ家族以外の人と英語で会話することも自分の英語力アップに繋がりますしね。
営業職で人と会うようになってからは、”私”としての社交する機会はすごく少なくなりました。特にマレーシアにいた頃は週末は接待ゴルフばかりだったので、仕事以外の人と会うことがほとんどありませんでした。仕事関係の付き合いだと、その人がどんなに良い人で気も合っても、どこか営利を計算してしまいます。それがお客さんだと悪い印象を与えないようにと気を使うので、個人としての社交性とはどこか違いますね。ただ個人として人とあっても結局は仕事の話につながっていくんですが。(笑)
日本の方とは、私が住んでいるところや職場もそれほど都市部ではないのでほとんど交流がありませんが、AMEPで知り合った方が今のところ唯一の日本人の知り合いです。またacoさんが今年シドニーに来られるようなので二人目?!の知り合いになれるといいのですが。(^^) あと最近、私が住んでいるエリアで日本人の方の育児サークルがあることを知ったのでコンタクトを取ったところです。まだお返事は頂いておりませんが、子供が大きくなったらぜひ参加させていただけたらと思っています。
今年は仕事でも新しい市場開拓をするのでそれなりにプレッシャーもあるかと思いますが、今年の個人テーマ「笑顔」を絶やさない一年にしたいです!
(^v^)
みなさんにとっても、笑顔でいられる一年になりますように!
「12月」
師走という言葉通りにバタバタした一ヶ月でした。
12月初旬は時間もあったのでブログを毎日のようにつけていましたが、その後、仕事では急な出張(はじめてのメルボルン-でも仕事先とホテルの往復で全く楽しめませんでした。。。)と年末前の納品に関係した急な注文などなどで忙しくなり、私事では年末前に使い切らないといけなかった(個人掛けしている保険のおまけで)めがね購入をしたところ、簡易的な眼診で緑内障の疑いがあると言われ、愛犬は雷におびえた勢いで網戸をつめでひっかき大穴を作り、妻は24週目の糖尿テストでひっかかるなど少しトーンダウンする多彩に飛んだ12月でした。
今月世界が滅ぶという話もありましたが、それはなかったことと、私と家族が大きな災害には遭わずに来られたことが何よりだと思います。
師走という言葉通りにバタバタした一ヶ月でした。
12月初旬は時間もあったのでブログを毎日のようにつけていましたが、その後、仕事では急な出張(はじめてのメルボルン-でも仕事先とホテルの往復で全く楽しめませんでした。。。)と年末前の納品に関係した急な注文などなどで忙しくなり、私事では年末前に使い切らないといけなかった(個人掛けしている保険のおまけで)めがね購入をしたところ、簡易的な眼診で緑内障の疑いがあると言われ、愛犬は雷におびえた勢いで網戸をつめでひっかき大穴を作り、妻は24週目の糖尿テストでひっかかるなど少しトーンダウンする多彩に飛んだ12月でした。
今月世界が滅ぶという話もありましたが、それはなかったことと、私と家族が大きな災害には遭わずに来られたことが何よりだと思います。